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十字架上のキリストへの祈り
主よ 私があなたを愛するのは
あなたが天国を約束されたからではありません。
あなたにそむかないのは
地獄が恐ろしいからではありません。

主よ 私をひきつけるのは
あなたご自身です。
私の心を揺り動かすのは
十字架につけられ、
侮辱をお受けになったあなたのお姿です。
あなたの傷ついたお体です。
あなたの受けられた恥ずかしめと死です。

 フランシスコ・サビエルの写真

 フランシスコ・サビエルが東洋の最も秀れた宣教師になったのは、偶然の結果のようにみえますが、果たしてそうでしょうか。
 ポルトガル国王ジョアン三世は、イグナチオ・ロヨラにインドで活躍する二人のイエズス会員を派遺するように要請しました。旅への出発前のその日、選ばれたうちの一人が病気になりました。イグナチオはフランシスコ・サビエルを呼び、「フランシスコ、これはあなたの役目です。」と言いました。フランシスコは、「はい、心の準備はできています。」と答えました。それは、1540年(天文9年)3月16日の事でした。1541年(天文10年)4月7日、リスボンを出発し、1542年(天文11年)5月6日、ゴアに上陸しました。
 サビエルは、数年にわたり、インド各地、モルッカ諸島、そしてマラッカで精力的に活躍しました。そして、ついに1549年(天文18年)8月15日、モンマルトルでの誓願のちょうど15年後、日本に着きました。
 日本の滞在中、中国での宣教の必要性を認識した彼は、ゴアから中国に向かって再び船出し、川島という小島に着きました。
 そして、この島で、1552年(天文21年)12月2日と3日の間の夜に、静かに息を引き取りました。46歳でした。ヨーロッパを離れてから11年6ヶ月が経っていました。
 サビエルは冒険者でもなく商人でもありませんでした。彼はただ、愛する者、仕える者であって、神と人間に対する愛と彼らに奉仕するという望みによって動かされ、いつも旅する人でした。

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