ドメンザイン神父  私は今年の4月9日朝早く、今まで9年間働いた広島の祇園教会を出て、山口に来ました。広島を出るとき、最後に長束の修道院の墓地に行って、ドメンザイン神父様の墓の前に祈りました。
「モイセス・ドメンザイン神父様、これから私が任命された山口のサビエル教会に行きます。あなたの好きな亀山教会の信者に、少しでもサビエルの心を伝えることが出来るように、祈って導いてください」と。
 ドメンザイン神父様は67年前に、スペインの私たちの学校で山口におけるサビエルの活動について、たびたび話をしてくださいました。他の理由もありましたが、ドメンザイン神父様のサビエルの話は、私が神父になるために大きな影響を及ぼしました。私は、イエズス会に入る前にサビエルのお城に行って、フランシスコ・サビエルが微笑んでいる十字架の前に祈ったように、私も祈りました。
 イエズス会に入ってから、私はアルペ神父から手紙をもらいました。『日本人は戦争に負けて、生きる目標を失った国民となっている』と。この時、燃えていた私は、神様の素晴らしさとイエスの愛を伝え、生きる喜びと生きがいを与えたくて、イエズス会の総長に、サビエルの日本に送ってくださるように頼みました。
 日本に来て田浦の町で日本語を勉強する間に、ドメンザイン神父様に招かれて数日間山口に来て過ごしました。旧山口サビエル聖堂 ドメンザイン神父様に出会って本当に懐かしく思いました。神父様の長い髭、あの大きな目そしてなによりドメンザイン神父様の上品な態度と温かい心に、新たに触れることができました。私が山口を訪れた時の神父館は、今のダミアン・ホールのところにありました。また、教会はスペインのサビエルのお城に建てられた教会と同じ形の教会でした。
 私は、2年間の日本語勉強を終えて、広島の修練院の院長であったアルペ神父様の秘書に任命されました。アルペ神父様は戦争の間、山口教会で働いて、ここで経験したエピソードや活躍をたびたび私に聞かせてくれました。私のイエズス会での春は、ドメンザイン神父様と山口とに関係がありました。 今、私の人生の秋(冬かな?)、同じ山口に過ごす事ができるのは大変嬉しいことで、神様に感謝します。(カンガス神父記)
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